2021年03月27日

魔女の休日

 「どっこいしょ!」と、声をかけて、パジャマを着た魔女のキャサリンが重い腰を上げました。キャサリンは、手にした古い箒を杖の代わりにして歩き始めました。「こんな時に、マロンが来てくれたらねえ…」と、キャサリンはつぶやきました。みんなが知っているあの街まで、あと少しのところまで来たのですが、もうノドはカラカラに乾き、膝もガクガクでした。

 ちょうどそんなところに、聞き覚えのあるあの声が聞こえてきました。「そんなやつ、おらんやろー?」「チッチキチーやで!」と、「空飛ぶコーギー」のマロンと、ポメラニアンのポテトがやってきました。「あれ?キャサリンさん?」と、マロンが言いました。「あのパジャマ姿は、確かに…」と、ポテトも言いました。キャサリンは腰を伸ばしながら、マロンたちを見つけ、手を振りました。「マロン!」。「キャサリンさん。こんなところで何してるの?」と、マロンが聞きました。「今日は、誰も知らない森の奥から、歩いてきたんだよ」と、キャサリンは言いました。「箒だってあるのに、どうして?」と、マロンが小さく首を傾けました。「今日はお休み。魔女の休日なのよ」と、キャサリンが言いました。「魔女の休日?」と、ポテトが聞きました。「そう。私が決めたの」と、キャサリンは言いました。「だから、今日一日、魔法は使わないつもり」。「歩くって言っても、キャサリンさんはもう600歳でしょう?ムリしない方がいいよ」と、マロンが言いました。「誰が600歳なの?私は、600年生きているけど、まだまだ若い者には負けないわよ。600歳だなんて思ったこと、一度もありません」と、キャサリンがきっぱりと言いました。

 「キャサリンさん、どこに行くの?」と、マロンが聞きました。「友だちのところよ。耳が大きなコーギーを知らない?」と、キャサリンは言いました。「えー?僕のこと?」と、マロンが言いました。「あら、偶然ね。あなたも耳が大きなコーギーね」と、キャサリンは言いました。「賢くて優しくて…」。「冗談が好きで、食いしん坊で…」と、ポテトが言いました。「正義感が強くて勇気があって…」と、キャサリンが言いました。「歌って踊れて…」と、またポテトが言いました。「空が飛べて、呪文も言えて…」と、キャサリンが言いました。「そんな犬、おらんやろー?」と、ポテトが言いました。

 「僕たちは、町外れのお地蔵さんまで行くんだけど…。冷たい湧き水があるよ」と、マロンが言いました。「じゃあ、私も一緒に…。もう、ノドがカラッカラ」と、キャサリンが言いました。「でも、天気のいい日には、歩くのが一番ね」。

 二匹の犬とパジャマを着た魔女が、小道を歩きました。「まあ、美味しそうな草がいっぱいあるのね」と、キャサリンが言いました。「これを、食べるの?」と、ポテトが聞きました。「呪文をかければ、キャベツにもレタスにもなるわよ」と、キャサリンが答えました。「カリフラワーやブロッコリーにも?」と、マロンが聞きました。「ええ、アスパラガスやセロリにもね。呪文は忘れちゃったけど…」と、キャサリンは言いました。

 町外れの地蔵堂に着きました。中にはキャサリンみたいに杖をついたお地蔵さんが立っていました。お地蔵さんは静かに目を閉じて、マロンたちを迎えました。「ジャーン!」と、ポテトが野原で摘んだ、黄色いタンポポの花を出しました。「ジャーン!」と、マロンはピンクのハルジオンの花を出しました。「まあ、偉いのね。花を摘んできたの?」と、キャサリンが言いました。「うん。いつも、そうしてるよ」と、マロンが言いました。「お地蔵さんは、僕たちのためにここに立っていてくれるんだもんね」と、ポテトも言いました。「ムニャムニャムニャ…」と、マロンとポテトは小さな手を合わせてお祈りをしました。それを見て、キャサリンも手を合わせました。「この街のみんなが、毎日幸せに暮らせますよーに」と、マロンとポテトは祈りました。

 「あら、だいぶ埃をかぶっているわね」と、キャサリンが言いました。「ジャーン!僕たち、お地蔵さんをきれいにしてあげるんだ」と、マロンはタオルを出しました。「キャサリンさんも手伝って」と、ポテトが言いました。キャサリンは杖にしていた古い箒で、地蔵堂を掃きました。マロンとポテトは持ってきたタオルでお地蔵さんを磨きました。お地蔵さんは、とてもきれいになりました。「あら?このお地蔵さん、私、いつか会ったことがある」と、キャサリンが言いました。「そうそう、私の記憶では、確か今から237年前に建てられたのよ。この辺りに雨が降らなくて、お百姓さんたちが困っていた時だったわ」。「私も呪文を唱えたんだけど、なかなか雨が降らなくて…。その時に、このお地蔵さんが建てられたのよね。そうしたら、湧き水が出たの。魔法使いみたいよね」と、キャサリンは言いました。「それが、この水なんだ」と、マロンが言いました。「この水、冷たくて、すごく美味しいよ」と、ポテトも言いました。キャサリンは両手で水をすくって飲みました。「本当だわ。237年前と同じ味」。マロンとポテトも、お地蔵さんの水を飲みました。「美味しい!」。

 その時、突然、空に雲が湧き、大粒の雨が落ち出しました。「キャサリンさん。何か呪文を唱えたの?」と、マロンが地蔵堂に逃げ込みながら言いました。「いいえ。だって、今日は魔女の休日でしょう。だから、魔法は使わないの」と、キャサリンは言いました。「じゃあ、お地蔵さんの魔法だね」と、ポテトが言いました。雨は短い時間で上がり、雨上がりには、空に大きな虹が架かりました。「きれいだね」と、マロンが言いました。「ところで、キャサリンさんは、これからどうするの?」と、ポテトが聞きました。「誰も知らない森の奥に帰るのよ」と、キャサリンは言いました。「どっこいしょ!」と、キャサリンは古い箒を杖にして立ち上がりました。「飛ぶの?」と、マロンが聞きました。「いいえ。今日は魔女の休日。だから、歩いて帰るわ」と、キャサリンが答えました。「それは、ムリだよ。キャサリンさんは、もう600歳でしょう?」と、ポテトが言いました。「誰が600歳なの?」と、キャサリンは言いました。「とにかく、僕が送って行くよ」と、マロンが言いました。「どうやって?だって、魔法は使わないんだよ」と、ポテトが心配そうに言いました。「うーん。仕方ないなあ。僕の背中に乗って行けば…」と、マロンが仕方なしに言いました。「あら、まあ。乗せて行ってくれるの?」と、キャサリンは嬉しそうに言いました。「ハイハイ」。キャサリンは古い箒を肩に担いで、マロンの背中にまたがりました。「じゃあ、行くよ。どっこいしょ!」と、マロンが雨上がりの虹が架かった空へと飛び上がりました。「マロン。気をつけてね」と、ポテトとお地蔵さんが見送りました。マロンは、あっちにフラフラ、こっちにフラフラしながら、誰も知らない森の奥へと向かいました。「チッチキチーやで!」。


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Posted by AKG(秋葉観光ガイド)の斉藤さん at 04:16│Comments(0)魔女のキャサリン空飛ぶコーギー
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