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2021年08月04日

窓から森がやって来た

 開け放した窓から、ニュウっと森が入ってくるのを見たことがある人は多いのではないでしょうか?

 幸ちゃんも、夏の晴れた朝、窓辺のカーテンを膨らませて、森が入ってくるところを見ていたのです。「お母さん、森が入ってきた。ねえ、お母さん、今ね、森がね・・・」と、叫んだのですが、お母さんは「風が入るのよ」と言って、取り合ってくれません。幸ちゃんは「ううん。私は、森が入ってくるのを、今までに何度も見ているのよ。あれは、風じゃあなくて、森が入って来ているに違いないわ。今だって、ほら、森が入って来ている」と、言い張りました。

 「だって、セミがあんなに大きな声で鳴いているのも、近くに森が来ているからだわ。それに、チョウだってトンボだって、こんなに飛んでる。今、緑の匂いがいっぱいになってね、森がニュウっと入って来たの」。幸ちゃんは、風邪でもひいてしまったのか、少し熱が出てしまい、二階の自分の部屋のベッドに横になったまま、外の景色を眺めていました。隣の屋根越しに、真夏の青空が広がり、白い雲があっちにポカリ、こっちにポカリと浮かび、入道雲の卵みたいな雲がラジオ体操でもしているように、両手を天に突き上げています。「つまんないな。熱さえ下がれば、公園に行けたのに」と、残念そうです。カーテンが膨らんでいます。何度も何度もひるがえっては、また膨らんでいます。「風なんかじゃあないわよ。風だったら、あんなに膨らむわけないわ。耳を澄ませば小鳥の声だって聞こえるし、川のせせらぎの音だって聞こえる。きっと、妹とドングリの苗を植えに行った、あの森だわ。あの森と同じ匂いがする。そうよ、きっとそうよ。森が私のところまで来てくれたんだわ」と、独り言みたいにつぶやきました。

 ドングリの苗は、幸ちゃんがドングリの実から育てたもの。鉢に土を入れ、真ん中辺りを指で押してくぼみを作り、ボランティアリーダーさんからいただいたドングリの実を「早く大きくなーれ!」と唱えながら、一粒埋めました。それから、毎日毎日水をあげ、芽の先っぽを見つけたときの嬉しさは、忘れられない思い出です。雨の日もあり、風の強い日もあり、真夏の日差しがこれでもかと照りつける日もありました。次第に幹を伸ばし、一枚また一枚と葉の数を増やし、幸ちゃんによく似て少し痩せっぽちでしたが、やがて森へと返す日がやって来ました。

 幸ちゃんが森を初めて感じたのは、森の入口でバスから降りたときのことでした。緑の香りと一緒に味わった、何とも言えないあの感じ。空気を思いっきり吸い込むと、空気に混じって、森が体の中の中まで入って来たような気がしたのです。クネクネ曲がりくねった山道をバスに乗ってきた幸ちゃんは、少し気分が悪くなってしまったのですが、降り立った途端に味わった森の空気のおいしさに、思わず両手を合わせて「感謝、感謝。森に感謝」と、体調はすっかり元の通り。それどころか、森の斜面に足を踏ん張り、元気いっぱい痩せっぽちのドングリの苗木を植えることができました。両手ですくって飲んだ森の水の冷たさおいしさも忘れられません。その帰り道、木の葉を揺らす風の音に混じって「幸ちゃん、ありがとう」と話す低くて太い声が、幸ちゃんの背中の方からいつまでも追いかけて来ているような気がしました。「森の声だわ」と、幸ちゃんは思いました。

 そのあと、近くに森を感じることが何度かありました。大好きな一輪車に乗って近くの公園まで行ったときには、「幸ちゃん、遊ぼう」と、あの低くて太い声が聞こえ、背中をグングン押してくれるのを感じました。「ありがとう。でも、ちょっと怖いから、もう押さないで」と、言ったら今度は前に回って、手を引いてくれました。いつも、フラフラ走る幸ちゃんの一輪車も、そのときだけはスイスイと走り、友だちをみんな置いてきぼりにしてしまいました。森の香りを感じ、森の声を聞きました。森のやさしさを知り、森の力強さを知りました。

 公園では、新しいドングリの実をたくさん拾いました。「森からのプレゼントだわ」と、幸ちゃんは思いました。幸ちゃんは、今年も苗を育てています。ドングリは「僕はいつになったら大きくなるの?」と、聞いてきます。「まだまだ。長い長い時間が必要なのよ」と、話しかけながらジョロで水をあげています。ドングリの鉢の横には、トマトの苗も一本植えました。今、緑色のトマトの赤ちゃんが、少し赤みを帯びてきています。「もうすぐ、真っ赤になったら、食べさせてもらうからね」と、幸ちゃんはトマトにも話しかけています。「でも、森はすぐには大人になれないのよ。友だちも必要だし、仲間だって欲しいのよ」。

 校庭でブランコ遊びをしているときにも、森がすぐそばに来ているのを感じました。幸ちゃんの体は森に包まれて、前に後ろにユラリユラリと大きく揺れました。「そんなに揺すって、怖くないの?」と、友だちが心配顔で眺めていました。「ううん。全然怖くないわ。だって、私が揺すっているんじゃあないし、私は、今、森の太い腕に抱かれているんだもの」と、幸ちゃんは言いました。

 国語の授業中には、教科書をペラペラめくって、ちょっぴりいたずらもされました。「そこにいてもいいけど、おとなしくしていて。いたずらは止めて」と、幸ちゃんは小声で言いました。教科書は宮沢賢治の『風の又三郎』のページを開いてピタリと止まりました。

 体育の時間は、苦手の鉄棒の練習でした。どうしてもお尻が上がらなかった逆上がりが、その日はスイスイとできました。「幸子、すごいじゃあないか」と、先生がビックリしています。もちろん、幸ちゃんも驚いたのですが、このときも森の太い腕が、幸ちゃんの体を持ち上げてくれたのを感じていました。「サンキュー!」と、幸ちゃんは言いました。

 そんなことが何度もあったので、窓辺から森が入ってきても、不思議とも感じませんでした。「お母さんは信じてくれないけど、そこにいるのよね」と、森に話しかけました。「わー、涼しい。あの森に行ったときと同じだわ。「私ね。公園に行きたいの」と、言ってみました。「公園には、木がたくさん植えられていてね。そんな木の木陰で眠るのが最高なの。ねえ、公園に連れて行って」と、お願いしてみました。森の太い腕に包まれたかと思おうと、幸ちゃんの体はフワリと宙に浮きました。気がつくと、大きく開いた窓から泳ぐように漂い出ていました。「お母さんが洗濯物を干しているわ。お母さーん」。幸ちゃんは高い所から見下ろしていたのですが、お母さんは幸ちゃんに気づきませんでした。洗濯物が風に大きくそよぎました。「ああ、健ちゃんが一輪車に乗っている。きっと公園に行くんだわ」と、思いました。「背中を押してやって」と、森にお願いしました。健ちゃんの一輪車のスピードがグングン上がりました。健ちゃんは首をひねりながら、少し慌てています。「ダメダメ。横断歩道では止めてあげて」と、幸ちゃんは言いました。健ちゃんの一輪車はピタリと止まりました。

 公園では、妹たちがチョウを追いかけていました。「ねえ、チョウをいっぱい集められない?」と、お願いしてみました。すると、どうでしょう。辺りは、青や黄色、赤の美しいチョウたちがたくさん集まってきました。ヒラヒラヒラヒラと妹たちの頭の上を舞い始めました。妹たちは、少し驚いた様子でしたが、チョウと一緒に踊り始めました。「わー、楽しそう。私も早く元気になって、公園で遊びたいな」と、言いました。

 次の瞬間、幸ちゃんは自分の部屋のベッドの上でした。森はまだ部屋の中にいました。ほてった体を、森の風が心地よく吹き抜けました。小鳥のさえずりが聞こえました。小川のせせらぎの音も響きました。

 セミの鳴く大声で目が覚めました。窓辺のカーテンが大きく大きく膨らんでいました。お母さんがやってきました。「ねえ、お母さん、森が入ってきている」と、幸ちゃんは言いました。「そうなの?」と、幸ちゃんの額に手を当てました。「あら?熱が下がっている。幸子のトマトが、美味しそうに真っ赤に色づいていたわよ」と、お母さんが言いました。「早いね。トマトは、もう大人になったんだ。ねえ、お母さん。私、ドングリの木に水をあげなくちゃあね。森はなかなか大人になれないから」。「ねえ、お母さん、森がね。窓からニュウと入ってきたの」と、幸ちゃんが嬉しそうに言いました。


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Posted by AKG(秋葉観光ガイド)の斉藤さん at 05:14│Comments(0)森の童話館
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