森の童話館「空飛ぶコーギー」

　わんぱくビーグルのクッキーが、板にカンナをかけています。シャーと心地よい音が響き、薄い木の皮がカンナからクルクルと舞い上がります。シャーとカンナが走ります。新しい木の香りが漂います。「おー！」と、「空飛ぶコーギー」のマロンが驚きの声を挙げました。クッキーはカンナの裏を上にして目の前にかざし、片目をつぶって眺めました。手のしたカナヅチでコンと軽くカンナを叩いて、また眺めました。シャーと、ますます薄いカンナ屑が舞い上がりました。「おー！」と、ポメラニアンのポテトが言いました。

　「クッキー。何してるの？」と、マロンが聞きました。クッキーは口の中に釘を放り込み、モグモグと言いましたが、何を言っているのかは、分かりませんでした。カンカンカンカンと、クッキーがカナヅチの音をさせました。リズミカルな音が途切れることなく続き、次々と板が柱に打ちつけられました。板は数枚ずつのパネルに組まれ、４枚のパネルができました。パネルはそれぞれ壁になり、一ヵ所に穴が開いた箱のような形が出来上がってきました。クッキーは頭に巻いた真っ白なタオルで汗をぬぐいました。「ゴメン。ゴメン。僕の犬小屋を作っているんだ」と、ようやくクッキーが言いました。「自分で？」と、ポテトが聞きました。「そうさ。楽しいよ」と、クッキーが答えました。

　「クッキー。いいなあ。自分で作っちゃうなんて。マロンも作れる？」と、ポテトが聞きました。「作れるわけないじゃん。僕は大工さんじゃあないもん」と、マロンが言いました。「よっ！クッキー」と、印半纏を小粋に着こなした大工の棟梁がやってきました。棟梁は、クッキーの仕事ぶりを一目見て「お前さんは、いい仕事をするね。感心、感心」と、唸りました。棟梁は「俺の跡継ぎには、クッキーになってもらおうかな？」と、つぶやくように言いました。「今までにも、散々、若い者を教えてきたが、みんな中途半端な仕事しかできないくせに、一丁前なことばかり言いおって。結局みんなどこかに行ってしまった。できる仕事と言ったら、碌なもんじゃないくせに…」と、棟梁は言いました。「道具を大事にすることの大切さを知っているのは、クッキーくらいなもんだ。なっ、クッキー」。

　「クッキー。ここは、ホゾで組んだ方が、しっかり出来るぞ。ノミの使い方も、教えてやらにゃあな」と、棟梁は嬉しそうに言いました。「お茶が入ったよ」と、ポテトが大きなヤカンを提げてきました。「おお、気がきくな」と、棟梁が言いました。「そう、マロンとは大違い」と、ポテトが言いました。「クッキー。ちょっと、このノミを構えてみ」と、棟梁が言いました。クッキーが左手にノミを握りました。良く研がれた刃先がキラリと光りました。「もう少し、こう」と、棟梁がクッキーの手首の角度を直しました。「そうそう。開けようとする穴に対して直角に構えて…」。棟梁はニコリと笑いました。「クッキーは、本当に呑み込みがいいな。カナヅチは、こう」と、棟梁がやって見せました。カンカンカンカンと、木の香りが広がりました。次は、クッキーの番です。カンカンカンカンと、同じ音と香りが広がりました。

　棟梁は腰に挟んだ手ぬぐいで、座ろうとする場所をパン！とはたいて腰を下ろしました。クッキーも棟梁の隣りに座りました。「そのノミはクッキーにあげるよ。お前さんがもらってくれれば、道具も嬉しいじゃろう。ワシも、心残りなく引退できるってもんさ」と、棟梁が言いました。「えっ？」と、クッキーが顔を上げました。ノミの刃先に反射した日の光が、棟梁の涙に跳ね返りました。棟梁は黙ってクッキーの背中に半纏をかけました。「これでワシも、ただのじいさんになれるな」と、湯のみに入ったお茶を飲み、笑おうとした顔が少し歪んで見えました。

　「カッコいいー」と、ポテトが言いました。「クッキー。そのノミ、ちょっと見せて？」と、マロンが短い前足を出しました。「ダメ」と、クッキーが言って、ノミを取りあげました。「痛い！」と、マロンが言いました。「切れてる？」と、ポテトがマロンの前足を覗き込みました。マロンは、チッチッチと指を左右に降りながら「切れてないですよ～」と言いました。クッキーが二匹をにらみました。「切れてる？」と、ポテトが小さな声で言いました。「切れてないですよ～」と、マロンはもっと小さな声で言いました。棟梁とクッキーは、湯のみのお茶をゴクリと飲んで、「さて！」と次の仕事に立ち上がりました。