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2021年01月08日

天使が住む噴水

 その不思議な噴水があるのは、公園の裏口あたり。周りの景色とは不釣り合いなほど古いレンガが敷かれた一角があり、やはり同じように古めかしい噴水が、いつ見ても(誰も見なくても)、涙のように優しい水を噴き上げています。もうおそらく何年も何十年も、ここでこうして、ただただ水を吹き上げ続けていたのだと思いますが、マロンにも、キャンディーにも、1歳になったばかりのポメラニアンのポテトにも、本当のことは分かりませんでした。

 犬の仲間の噂によれは「この噴水には、小さな天使が住んでいる」とのことで、実際に「その天使を見た」、という犬の話を、マロンたちも聞いたことがありました。三匹が噴水の前にやってきたのは、散歩の途中でのどの渇きを癒すため。この噴水の水は、どこの水よりも冷たくて美味しいので、マロンたちのお気に入りでした。キャンディーが真っ先に駆け寄りました。噴水の水は、優しく噴き上がり、噴水の下には小さな水溜りができて、青い空と緑の木の葉を映していました。キャンディーは冷たい水に前足を浸して、その甘い水をそっと舌ですくいました。「美味しい」と、キャンディーは言いました。次に甘い水をなめたのは、ポテトでした。ポテトは、水溜りに自分の姿が映っているのを見つけました。「あっ、天使が映ってる」と、そっと足を伸ばしてみました。ポテトが見つけた天使の姿は、あっという間に小さな波紋の中に消えてしまいました。

 マロンは短い前足を噴水のふちにかけて、背を伸ばしました。噴水からは優しい水が、コンコンと湧いていました。噴水の水は春の陽射しをはね返して、キラキラと光っていました。噴水の水を通して、小鳥たちが風船を手にして空を飛ぶ、楽しい時間が見えました。赤や黄色の花たちが街角で踊る、夢のような時間が見えました。そんな時間の中に、仲良しのキャンディーとポテトの顔も見えました。マロンは、二匹の笑顔を見るのが大好きでしたが、でも、探している天使ではありませんでした。

 噴水の水はチロチロと涼やかな音をさせていました。黄色の羽を陽の光に光らせた、おしゃれなモンキチョウが水を飲みに寄りました。ヒラヒラと舞い踊るモンキチョウは、噴水の水のようにキラキラと輝いていました。四葉のクローバーのような形をしたシジミチョウも、幸せの呪文を輝かせて来ました。「わあ、天使みたい」と、マロンは思いましたが、でも、探していた天使ではありませんでした。

 マロンは、噴水の水をのぞき込んで、小さく首を傾けました。「天使は、どこにいるんだろう?」。

 その時、マロンは、水の中に小さな小さな言葉を見つけました。その言葉は、噴水の水のようにキラキラと光っていました。音楽のように光っていました。雨上がりの虹のように光っていました。夜空の星のように光っていました。愛ちゃんの夢や希望のように光っていました。マロンは、小さな目をいっぱいに開いて、その言葉を見つめました。「僕、こんなにきれいなものを見たのは、初めて」と、マロンが言いました。それは、決して魔法の言葉でも特別な言葉でもありませんでしたが、その小さな言葉には、やはり小さな小さな天使の羽が生えていました。キャンディーとポテトも、背を伸ばして、噴水の水の中の小さな言葉を探しました。「見えた」と、ポテトが先に言いました。「私も」と、キャンディーも言いました。「これが、天使だったのね」「これが、天使だったんだ」。

 「その小さな言葉って、何?」って、聞いてみましたが、「内緒!」と、三匹の仲良しさんはまたまた教えてくれませんでした。


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Posted by AKG(秋葉観光ガイド)の斉藤さん at 04:51│Comments(0)空飛ぶコーギー
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