› 森の童話館「空飛ぶコーギー」 › 空飛ぶコーギー › ブレッドとキューピッド

2020年12月23日

ブレッドとキューピッド

 パン屋さん『ミモザ』に住みついているネズミのブレッドが、朝からソワソワしています。自分でもなぜだか分かりません。ご主人と並んでパン作りを手伝っている間も、白い帽子に手をかけたり、エプロンを締め直したりと、パン作りに身が入らないようすです。「ねえ、ブレッド。油断していると、パンが焦げちゃうよ」と、思いあまったラブラドールのミモザが声をかけました。「おっと、いけない」と、気がついたブレッドが、ご主人に合図を送り、ご主人がオーブンの扉を開きました。焼き立てパンの香ばしい香りが漂いました。「うん、OK。これで、今日の準備は完了。ミモザ、玄関のドアを開けて」と、ご主人が言いました。ミモザはドアを開け、いつものように「ただ今、焼き上がりました」のポスターを口にくわえました。「ブレッド、お疲れさま。どこか具合でも悪いのかい?」と言いながら、人気のネズミの顔の形をしたチーズ入りパンと、三角チーズをブラッドにあげました。

 ブレッドは「ふー」とため息を一つ。パンとチーズを袋に詰めて、背中に背負いました。「ブレッド。どこに行くの?」とミモザの問いかけにも答えず、ブレッドはいそいそと出かけました。一つ二つと舗道の敷石を数えながら、歩いて行きました。

 マロンとキャンディーの仲良しさんと出会いました。「ねえ、公園に行かない?」とマロンが誘いました。ブレッドは何も答えずに、ただ一度だけ首を振りました。子どもたちの自転車が、ブレッドに気づかず、すぐ脇をすり抜けました。「おっと」とブレッドが体をよけた勢いで、背中の袋が弾みました。ブレッドは大きくよろめきました。突然、ブレッドの頭目がけて、青いハイヒールの踵が降りてきました。「危ない」と、ブレッドはよけましたが、背中の袋が少しだけ踵に踏まれました。ブレッドは袋を下ろして確かめました。パンもチーズも無事でした。「ふー」とブレッドは、またため息をつきました。

 ブレッドの袋を狙って、意地悪なカラスが舞い降りました。真っ黒な鋭いクチバシがブレッドの耳の辺りをかすめました。ブレッドは袋を抱えて、舗道脇のどぶに逃げ込みました。ほっと一息ついているブレッドを見ていた大きな瞳が一つ光りました。片目の黒猫です。黒猫はニヤリと笑い、静かに静かにブレッドに近づきました。

 「町は危険がいっぱいだな」と、ブレッドは思いました。「さあ、行かなくっちゃ」と、ブレッドが袋を背中に背負った瞬間、鋭い爪がブレッドの頬を危うく切り裂きそうになりました。「猫だ!」。ブレッドは光る片目をチラとだけ見て、素早く駆け出しました。右にチョロチョロ、左にチョロチョロしながら、わき目もふらずに逃げました。息が切れるまで走って、立ち止まり振り返りました。「ああ、助かった。獰猛な猫族に、危うく食べられちゃうところだった」と、前を向いたその時に、ブラッドの顔のすぐ前に、キラリと光る片目と、ニヤリと笑う耳まで裂けた大きな口が見えました。「わあ、黒猫だ」と、ブレッドは、またまた逃げ出しました。「た、助けて」と、ブレッドは「消火栓」の看板が下がる赤い柱に駆け登りました。「ふー」と、またため息です。柱の下では、あの黒猫が舌なめずりをして見上げています。「どうしよう?猫族は頭が悪いけど、どいつもこいつも腹ペコだから、このままでは、僕、食べられちゃうかも」と、袋を抱えて震えていました。

 「おや?パン屋のブレッドじゃあないか?」と、高い空の上から声がしました。恐々見上げると、公園のハトたちが、大きな円を描きながら飛んでいます。「ネズミも飛ぶのかい?」と、リーダーが冷やかしました。ブレッドは震えながら首を振り「マ、マロンを呼んで!」と頼みました。「理由は分からないけど、マロンだったら公園にいるから、呼んできてあげるよ」と、ハトのリーダーは仲間を連れて公園に向かい編隊を傾けました。

 下では黒猫が見上げています。ブレッドは高い柱の上が恐くてたまりません。その時、強い風が吹き抜けました。小さなブラッドの体は風にあおられ、吹き飛ばされそうになり、「消火栓」の赤い看板に鉄棒選手のように宙ぶらりんになってしまいました。「マロン、早く助けに来てーっ!」と、足をバタバタ震わせ精一杯の大きな声で叫びました。遠くの空に小さく見えたマロンの姿がだんだん大きくなりました。ワンワンと、赤い柱の下ではキャンディーが勇敢にも、黒猫に立ち向かって吠えています。黒猫は、キャンディーを片目でジロリと睨みつけ、渋々そこから立ち去りました。
ブレッドとキューピッド


 「さあ、ブレッド。背中に乗って!」とマロンが言いました。ブレッドは袋を背中に背負い直してマロンの背中にしがみつきました。「ブレッド、どこに行くの?」とマロンが聞きました。「うん。ミス・カレンの英会話教室」と、ブレッドは恥ずかしそうに言いました。「ミス・カレンの英会話教室だって」と、マロンが大きな声で下にいるキャンディーに知らせました。「ミス・カレンの英会話教室だって?子猫のキューピッドのところだ」と、街路樹の葉陰で、カタツムリのおじさんが小さな小さな声で言いました。それでもブレッドは恥ずかしくて、マロンの背中に顔を隠しました。

 ミス・カレンの英会話教室の玄関に着きました。マロンの背中から降りたブレッドは、ヒゲを整え、尻尾をなめたりしています。マロンとキャンディーには、初めて見る光景でした。「ネズミがおしゃれをしてる?」。

 長い時間のあとブレッドに頼まれて、キャンディーがノックをしました。「ハーイ!」と、いつもの陽気な声がドアを開けてくれました。「エヘン!」と小さな咳ばらいが聞こえました。ミス・カレンが初めて足元の、袋を背負ったネズミに気がつきました。ミューと可愛い鳴き声がしてキューピッドが姿を現しました。ブレッドは背中の袋をおろしました。ああ、大変!ブレッドの袋は、先ほどまでの大冒険ですっかりボロボロです。ブラッドが中をのぞきました。半分にちぎれたチーズ入りパンと三角チーズが残っていました。「ふー」と、ブラッドはこの日何度目かのため息をつきました。

 ブラッドはもう一度ヒゲを整えて「これ、一緒に食べない?」と、思い切って言いました。ミューと鳴いて、子猫のキューピッドがブラッドにすり寄りました。ブラッドは袋をさぐり、黄色いミモザの花を一枝取り出し、小さな胸を張ってキューピッドの前に差し出しました。「OH!」と、ミス・カレンが天井を見上げて大げさに驚いてみせました。「OH!」と、マロンも空を見上げてマネをしてみましたが、みんなには「ワン!」としか聞こえませんでした。ブレッドは、恥ずかしくて、顔を真っ赤にしています。ミューとキューピッドが可愛らしく鳴いて、ブレッドの頬の傷をなめました。

 マロンとキャンディーのそばには、心配して駆けつけた、パン屋のご主人と奥さんの純子さんとラブラドールのミモザと背の高い青年も並んで手を叩いていました。それを見つけたミス・カレンが、「OH!」と、もう一度両手を横に広げながら言いました。「OH!」と、ミモザも両手を広げてマネをしてみましたが、みんなには「バウ!」としか聞こえませんでした。ミモザの隣りに隠れるようにして、片目の黒猫も両手を広げて首をすくめてみましたが、みんなには舌なめずりをしているようにしか見えませんでした。


同じカテゴリー(空飛ぶコーギー)の記事
修平さんの紙飛行機
修平さんの紙飛行機(2021-07-30 05:02)

整理整頓
整理整頓(2021-07-29 04:48)

ムシャムシャ
ムシャムシャ(2021-07-28 05:19)

手を洗いましょう!
手を洗いましょう!(2021-07-27 05:31)

夏の終わり
夏の終わり(2021-07-26 05:33)

空飛ぶホオズキ
空飛ぶホオズキ(2021-07-25 04:41)


Posted by AKG(秋葉観光ガイド)の斉藤さん at 05:54│Comments(0)空飛ぶコーギー
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。

削除
ブレッドとキューピッド
    コメント(0)