森の童話館「空飛ぶコーギー」

　ポメラニアンのポテトが前足を引きずり、痛さに顔をしかめていました。「どうしたの？」と、コーギーのマロンが心配して聞きました。「咬まれた」と、ポテト。「誰に？どこの犬？」と、マロンが聞きました。「ううん。犬じゃない」と、ポテト。「そうだよね。じゃあ、猫？オオカミ？」と、マロンが聞きました。「カブト」と、ポテトが答えました。「僕、カブトムシに咬まれちゃった」。

　ポテトの指は真っ赤に腫れ上がっていました。「僕が飼ってるカブトムシが突然咬みついてきて…」と、ポテトが指をなめました。「咬んだって、挟んだってこと？」と、マロンが聞きました。「そうとも言う」と、ポテト。「もう、痛くて、痛くて」。「何だ。カブトか」と、マロンは呆れてしまいました。「何だってことないじゃん。僕は、自分が飼っているペットに咬まれたんだよ」と、ポテトが言いました。「去年の秋から腐葉土を敷いてあげて、糞の始末だってしてあげて、羽化したあとだって、毎日、昆虫ゼリーをあげたというのに、いきなり角で挟んできたんだから…。もう、ショック！」。確かにポテトの指は腫れていました。でも、本当に痛いのは指ではなくて、心の方かも知れないな、とマロンは考えました。


　「ポテチ。カブトの気に障ること、何かしたの？」と、マロンが聞きました。「別に。いじめたりしたわけじゃあないよ。ただ…」と、ポテトが言いました。「ただ…、何？」「うん。カブトに『お座り』を教えただけ」「お座り？カブトが？」と、マロンが言いました。「だって、しつけの基本じゃん。僕たち、、一番先に覚えるのが『お座り』で、次に『お手』」。「そりゃあ、犬はそうかも知れないけど、カブトは『お座り』をしないでしょう？」「覚えてくれないんで、頭を押さえたら、ガブってやられちゃった」と、ポテトが寂しそうに言いました。「あんなに可愛がってあげたのに…」。

　「でもね、ポテチ。誰でもできることと、できないことがあるんだよ」と、マロンが言いました。「そんなこと、分かってる。でも、あんなに可愛がってあげたのに…」。「ポテチ。僕が話してあげるから、カブトを連れてきてよ」と、マロンが言いました。「カブトなら、ここにいるよ」と、ポテトが言いました。大きなカブトムシが１匹、ポテトの耳にしがみついていました。「なんだ、カブトくん。ここにいたのか」と、マロンが虫の言葉で声をかけました。「カブトくん。ポテチの指を挟んだんだって？」。「ゴメンナサイ」と、カブトムシは小さな声で言いました。

　「そんなことをする気は、全然なかったのです。でも、頭を押さえられちゃったので、つい…。本当は、ポテトが言うように『お座り』だってできるんです。ほら」と、カブトはポテトの鼻の頭に座ってみせました。「ポテチ。見て！カブトが『お座り』をしてる」と、マロンが叫びました。ポテトは両方の目を真ん中に寄せて、カブトの『お座り』を見つめました。「ホントだ」。「じゃあ、伏せ！」と、ポテトが言いました。カブトムシはポテトの鼻の頭で『伏せ』をしました。「すごいぞ。ポテチ。このカブトは普通のカブトじゃあない。天才だよ」と、マロンがはしゃいで言いました。「今度は、お回り！」と、ポテトが言いました。カブトムシはクルクルと上手に回ってみせました。「すごい、すごい」。「お手！」と、マロンが言いました。カブトは、ああでもないこうでもないと『お手』をする足を探しているようでしたが、どの足を上げたらいいのか困っていました。マロンはもう一度「お手！」と言って、カブトの頭を押さえました。「痛い！」。カブトムシの反撃です。マロンの指はカブトの角に挟まれてしまいました。「痛いよ！」と、マロンが前足を振りましたが、カブトはなかなか離れようとしません。マロンは痛さをこらえて飛び上がりました。それでも、カブトはマロンの指を離しません。「痛いよ！痛いよ！」と、空をクルクルと回って、ポテトのところに降りてきました。「ポテチ。何とかして」。「カブトくん。指を離して！」と、ポテトが言いました。「ゴメンナサイ」と、カブトがマロンの指を離しました。カブトはマロンの鼻の頭に戻り、一番前の足をちょっとだけ上げてみせました。「すごい！『お手』ができてるじゃん」と、ポテトが言いました。天才カブトくんと、指を咬まれた２匹の犬は、いつまでも仲良く遊んでいました。