犬に育てられたツバメ
公園のハトたちの群れに、1羽のツバメが混じって飛んでいました。これは、この街でみんな知っていることです。でも、その理由は?となると、首を横に傾けるだけで、誰一人答えられる者はいませんでした。白いハトに混じって飛ぶ、黒いツバメの物語は、ちょうど一年前に遡ります。
いつもの年と同じように、ツバメの夫婦が南の国からやってきて、みんなが知っているマロンたちの街に巣を作りました。やがて、お母さんツバメは5個の卵を産み、そのうちの4個は無事に赤ちゃんツバメとなったのですが、どうしたわけか1個だけはなかなか卵からかえりませんでした。お母さんツバメは心配しました。もうじき南の国に帰る頃になっても、その卵だけは、何も話さず、何も歌わず、ただただ黙って時期が来るのを待っていました。「お父さん。この子は、もう間に合わないかも知れない」と、お母さんツバメが言いました。「私たちは、もう南の国に帰らなくてはいけない。この卵は、この家の犬に預けることにしよう」と、お父さんツバメは言いました。
親ツバメは、コーギーの「花」に卵のことを頼むことにしました。「花さん。私たちは、南の国に帰る時が来てしまいました。この子のことを花さんにお願いしていきます。来年も、必ず花さんの家に戻ってきますので、それまでの間、どうか、この子をお願いします」と、花の前で頭を下げました。花は、ツバメの申し出を引き受けました。「分かりました。私が必ず育てます」。そして、親ツバメは何度も何度も振り返りながら、南の空に飛んで行きました。
花は、それから毎日毎晩、卵を抱きました。そして、お腹の下の卵に変化が起きたのは、親ツバメが旅立ってから1ヶ月が過ぎた頃でした。ミシミシと卵が割れ始め、可愛いツバメの赤ちゃんが誕生しました。目をつぶったままで大きな口を開き、ピーピーと精一杯の大声で餌をねだりました。花は喜びました。花は、自分のご飯を柔らかく噛み砕いては、赤ちゃんツバメに与えました。あげてもあげても、ツバメは大きな口を開けてピーピーと餌をねだりました。花は、親ツバメとの約束を守り、自分の子どものように優しく厳しく育てました。やがて、目が開き羽根が生えてきて、赤ちゃんツバメは巣立ちの時期を迎えました。「さあ、あなたは、空を飛ぶ時期になったのよ」と、花はツバメに話しかけました。ツバメは、花が言っていることが分かりませんでした。「だって、僕は犬だ。犬は空なんか飛べない」と、ツバメは言い張りました。ツバメは、いつも花の後ろをついてチョコチョコと歩き、決して空を飛ぼうとはしませんでした。
その年の冬、コーギーの花は、重い病気になりました。高い熱が続き、もう自分の命が長くはないことを察しました。花はツバメを呼んで言いました。「私は、もうじき死ぬでしょう。あなたは、一人で生きていかなくてはいけないのよ。公園のハトたちに頼んでいきますから、来年になったら、必ずお父さんやお母さんと再会してね。私は、あなたの親ツバメと約束しました。あなたも、私と約束してください」。「あなたは、犬ではなくて、ツバメなんですよ」と、花はツバメに言い聞かせながら、虹の橋を登って行きました。子ツバメは、泣きながら花の後を追いました。「お母さん。僕のお母さんは、花だけだよ」と、ツバメは花を追ってグングン高く空に舞い上がりました。やがて、花は小さな星になりました。いつの間にか空を飛んでいたツバメのところに、公園のハトたちが集まってきました。
ハトのリーダーが言いました。「花は、君の親ツバメとの約束を守ったんだ。だから、僕たちも花との約束を守らなくては」。ハトたちは、ツバメを自分たちの群れに入れて、親ツバメが戻ってくる春を待ちました。
今年の春、誰よりも早く南の国から戻ってきたツバメがいました。ツバメは、花の家を探しました。でも、花はもういませんでした。そこに、ハトたちがやってきました。白いハトたちに混じって「お父さん、お母さん。僕があなたの子どもです」と、名乗り出た立派なツバメがいました。「僕を育ててくれた花は、もう星になりました。でも、僕は、花との約束を守って、この街であなたたちを待っていました」と、すっかり大人になったツバメが言いました。親ツバメは驚きました。犬に育てられたツバメが、本当に自分たちを待っていてくれたのです。「あっ!花だ」と、ハトのリーダーが空を見上げました。虹の橋を登って星になった花が、ツバメ親子の再会を喜んでいるような気がしました。雲の陰で、花の顔がニコリと笑いました。花に育てられたツバメは、親ツバメと一緒に、花の面影を求めて、青い空へと舞い上がりました。
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