白い朝

AKG(秋葉観光ガイド)の斉藤さん

2021年03月12日 05:36

 その日の朝は、真っ白な霧が立ち込めていました。朝霧の中を「空飛ぶコーギー」のマロンが飛んでいました。マロンの下には、幼稚園の園児たちを乗せたマイクロバスが、オレンジ色のライトを点けてノロノロと走っていました。マロンは、低く低く飛んで、マイクロバスの屋根にちょこんと座りました。「あっ!マロンだ」と、園児の一人が大きな声を挙げました。つられるように「マロンだ!」「マロンが飛んで来た!」と、声が連なりました。

 バスも屋根に乗ったマロンに気づきました。「マロン。今日の霧は深くて、前が見えないよ。危なくて、スピードが出せない」と、バスは言いました。「慌てない方がいいよ。事故を起こしたら大変だからね」とマロンは言って、バスと一緒に前方を注意深く眺めました。しばらく走ると、オレンジ色のライトの先を横切る小さなタンポポみたいな黄色い影が見えました。黄色い帽子と黄色い通園バッグのツトムくんでした。マロンは「ワンワン!」と吠えて、ツトムくんにバスが近づいたことを知らせました。「マロン。おはよう」と、ツトムくんは元気に声をかけて、マイクロバスに乗り込みました。

 「先生。ツトムくんが綿アメ持ってる」と、誰かが言いました。ツトムくんは両手にいっぱいの白いタンポポの綿毛を見せました。「まあ、ツトムくん。こんなにたくさんの綿毛、どうしたの?」と、明子先生が聞きました。「昨日まで黄色いタンポポだったのに、今朝見たら、白い霧のフワフワボールになってたんだ。きっと、霧の赤ちゃんだよね」と、ツトムくんは言いました。「出発進行!」と、マロンは車掌さんになった気分で叫びました。バスはまた、ノロノロと走り始めました。

 しばらくして、霧のカーテンを通して、薄っすらと信号の灯りが赤く点っているのが見えました。「ストップ!信号が赤だから、止まってね」と、マロンは言いました。「ここを曲がると、いつもエリちゃんが待っているんだけど…」と、バスが言いました。「さあ、信号が青に変わったよ」と、マロンが教えました。バスはゆっくりと左に曲がりました。マロンとバスは霧の街角で目をこらしてエリちゃんの姿を探しました。ところが、エリちゃんの姿はどこにも見当たりませんでした。「あれ?エリちゃん、どうしちゃったのかなあ?」と、マイクロバスが心配そうに言いました。マロンとバスはもう一度目をこらしました。すると、前かがみにお腹を押さえて歩いて来るエリちゃんの姿が見えました。「エリちゃん、どうしたの?」と、明子先生が声をかけました。「先生。私、お腹が痛い」と、エリちゃんがつらそうに言いました。「大丈夫?クスリ飲んだの?」と、明子先生が聞きました。

 「先生。エリちゃん、猫を持ってる」と、誰かが言いました。エリちゃんの園服のふくれたお腹から、白い子猫が顔を出しました。「まあ、エリちゃん。この猫どうしたの?」と、明子先生が聞きました。「朝起きたら、外が真っ白で、おうちを出てきたら玄関に白い猫がうずくまっていたの。真っ白で、霧みたいにフワフワで、きっと、この白い霧の子どもよ」と、エリちゃんが言いました。白い子猫は、ミューと小さな声で鳴きました。「それで、お腹を押さえていたのね?分かりました。園長先生に相談してみましょう?」と、明子先生が言いました。「じゃあ、出発進行!」と、マロンが叫びました。

 しばらく走ると、白い霧の中に、白い太陽が見えました。「先生。お日さまも真っ白だよ」と、誰かが叫びました。マロンとマイクロバスも太陽を見上げました。なるほど、霧の向こうに光る太陽は、まるで雪の玉のように真っ白でした。「お日さまには、雪が降っているのかな?」と、誰かが言いました。「そうね。お日さまで雪が降って、お日さまの子どもたちが雪遊びをしているかもしれませんね?」と、明子先生が言いました。霧の中を差し込んだ光が、霧の一粒一粒に跳ね返り、雪の結晶のように白くきらめきました。

 マイクロバスが幼稚園に近づくと、幼稚園は霧に浮かんだお城のように見えました。「先生。幼稚園が童話のお城みたい」と、誰かが言いました。「本当ね。お姫さまと王子さまが住んでいるみたい」と、明子先生が言いました。子どもたちはみんな、自分がお姫さまや王子さまになったところを思い浮かべていました。「先生。もう一まわり回って!」と、誰かが言いました。「出発!」と、マロンが叫び、マイクロバスの夢の馬車はお姫さまと王子さまを乗せて、幼稚園の周りをノロノロと回りました。白い朝は、白い童話の世界でした。

関連記事