捨て猫キューピッド

AKG(秋葉観光ガイド)の斉藤さん

2020年12月20日 04:28

 冷たい雨の降る朝でした。急ぎ足で歩くマロンの耳に、ミューミューとか細い鳴き声が聞こえてきました。「誰の声?」とマロンはパタパタ歩きをやめて、立ち止まりました。ミューミューと鳴く声は、道の脇の植え込みの中からです。一緒に歩いていたトイ・プードルのキャンディーが「誰かしら?」と、植え込みに顔を突っ込むようにして、のぞいてみました。「痩せっぽちの子猫よ」。

 子猫は小さな箱の中で震えていました。キャンディーを見つけた子猫は、ミューミューと、ますます激しく鳴き始めました。「きっと捨てられたのね。私と同じだわ」と、キャンディーがポツリと言いました。「えっ?キャンディーも捨てられたの?」と、マロンが驚いたように聞きました。「そうよ。やっぱり、今日みたいな雨の日だったわ。雨が冷たくて冷たくて、いつまでも泣いていたの。だって、捨てられたなんて思わなかったんだもの。きっと、帰って来てくれると信じて、早く私を連れに来て、って泣いていたの。私を見つけて拾ってくれたのが孝くんなの」と、キャンディーが自分の生い立ちを語りました。「マロン、ここで待っていて。私、孝くんを連れてくる」と、キャンディーが言いました。「うん。分かった。僕、ここで待ってる。急いでね」とマロンが言いました。

 キャンディーは雨の中を走りました。自分と同じ身の上の子猫をなんとか助けたいと、一生懸命に走りました。マロンは子猫に近寄り、子猫を雨に濡らさないようにと、一緒に箱の中に入りました。子猫はマロンの短い足に抱かれるように、すっかり冷たくなった体を寄せてきました。マロンは、自分が子猫のママになったような気がしました。「猫ちゃん。もう少しの辛抱だよ」と、マロンが子猫を抱き寄せました。

 ワンワン。キャンディーの呼ぶ声が聞こえました。ワンワンとマロンもこたえました。息を白く吐きながら、キャンディーが戻って来ました。その後を追って、傘をさした孝くんも走ってきました。孝くんは、マロンを見て、マロンに抱かれている子猫にもすぐに気づきました。「マロン。この子、捨てられたのかな?」と、孝くんが箱の上に傘を差し出してしゃがみ込みました。ミューミューとか細い声が雨の音に混じって響きました。「困ったな。このままじゃあ、この子、死んじゃうよ。かと言って、僕のうちでは、もう飼えないし…」と、和くんの顔が曇りました。

 そこに、もう一つの赤い傘が近づきました。「ハーイ!」と声をかけてきたのは、英会話教室のミス・カレンでした。「ワッツ・ハプン?(どうしたの)」と聞いてきました。孝くんは、子猫が捨てられていることと、自分の家では飼えない、ということを日本語で伝えました。ミス・カレンも孝くんの隣りに座り込みました。「OH!プリティー・ガール!」と子猫を抱き上げました。誰にも、何と言っているのか分かりませんでしたが、優しい人だということだけは分かりました。ミス・カレンは、自分の上着で子猫の体を拭きました。ミューミューと子猫は鳴いています。マロンとキャンディーは心配そうに見上げました。「飼ってくれますか?」と孝くんが、日本語でそっと聞いてみました。ミス・カレンは、子猫の顔に頬ずりをして、「OK!」とうなずきました。マロンにもキャンディーにも、その意味が分かるような、温かなOKでした。


 次の日から、マロンとキャンディーのお散歩コースに、あの英会話スクールが加わりました。マロンは時々空を飛んで、キャンディーはうらやましそうにマロンを見上げ、二匹の仲良しさんが、スクールの玄関前に来ました。中から、ミューミューと鳴くあの子猫の声が聞こえてきました。マロンが鼻を押し付けるようにしてドアの中をのぞき込みました。キャンディーもマロンの顔に顔を寄せてのぞきました。ミューミューという声を耳にして、二匹はニコっと笑顔を見合わせました。「ハーイ!」と、陽気なミス・カレンが、ドアを開けてくれました。「プリーズ・カム・イン!」。マロンとキャンディーは、スクールに入りました。そこにはミス・カレンと子猫のほかに、背の高い日本人の青年が立っていました。「わあ。マロンじゃないか?」と青年が驚いたように言いました。「ねえ、カレン。あの有名な、空飛ぶコーギーのマロンだよ。友だちなの?」と、青年が言いました。マロンは、上目づかいに青年を見上げながら、ソロリソロリと子猫に近づきました。子猫はマロンに気がつき、ミューミューと走って来ました。痩せっぽちの子猫は、すっかり元気になっていました。

 「この子はマロンが大好きみたいだね」と、青年が言いました。マロンが子猫の体を舐めました。キャンディーも子猫の体を舐めました。「マロンたちも、この子が大好きなんだ」と、青年が言いました。ミス・カレンはしゃがみ込んで、マロンの頭をなでました。子猫は、ミス・カレンの腕の中に飛び込みました。「OH!」と、ミス・カレンは少しオーバーに驚きました。子猫は今度は、青年の胸に飛び移りました。「OH!」と、青年もオーバーに驚いてみせました。子猫はミューと鳴いて、またミス・カレンの肩に飛び下りました。青年が、子猫を捕まえようと手を伸ばした瞬間、子猫はマロンの背中に飛び乗り、手を伸ばした勢いで青年はミス・カレンの肩を抱き締めました。マロンは「OH!」と言ってみましたが、「ワン!」としか聞こえませんでした。

 青年はミス・カレンを抱いた手を離しませんでした。マロンとキャンディーは顔を見合わせました。「ねえ、この子の名前だけど、キューピッドにしない?」と青年がミス・カレンに聞きました。ミス・カレンが「グッド・アイディア!それって、プロポーズ?」と言って青年にキスを返しました。子猫が部屋中を駆け回り、ミューミューと鳴きました。「キューピッドって、最高ね!」と、おしゃまなキャンディーはマロンにそっとキスをしました。

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