憧れのMosrite
ドッドッドッドと、ひとしきり大型バイクの低い音が響き、やがて静かに止まりました。「やあ!」と、バイクから降りた誰かの顔が薄明かりの下に見えました。「誰?」。「初めまして。小太郎と言います」と、少し古そうな黒いギター・ケースを抱えた初老の柴犬雑種、小太郎がフラリとやってきました。修くんの自動車修理工場の仕事の終わった後のガレージの片隅です。ガレージでは、クッキーたちのバンド『The Crazy Dogs』のメンバーが練習中でした。
カチッと留め金を外す音がしました。全員が息を呑んで注目しました。小太郎は何も言わずに、ギター・ケースを開きました。ジャーン!「おー!」と、空飛ぶマロンが小さな目を丸くして、大きな声を挙げました。入っていたのは、な、何と、あの憧れのモズライトだったのでした。ケースの中で、エレキ・ギターがキラリと光りました。小太郎が、ギターを取り出して構えました。「ベンチャーズ・モデルだ」と、ビーグルのクッキーが言いました。「寺内タケシと一緒だ」と、ポテトが言いました。トイ・プードルのキャンディーはうっとりしているだけでした。「仲間に入れてもらいたいんだけど」と、小太郎が言いました。
マロンがカチカチカチと、いきなりスティックを打ち鳴らしました。それを合図に、ブンブンボンボンとポテトがベースの弦を弾きました。ダダダダダンとドラムのリズムが打ち込まれました。ジャジャっと小気味良くコードが刻まれ、小太郎のモズライトが唸りを挙げました。「ステキ!」と、キャンディーはRolandのキーボードに寄りかかりました。小太郎の飛び入りで、懐かしの『ダイアモンド・ヘッド』や『キャラバン』など、テケテケテケテケとベンチャーズのナンバーが次々と演奏されました。(あんたたち、本当はいくつなの?)
「小太郎さん、すごいテクニックだね」と、クッキーが言いました。「最高じゃん」と、マロンも言いました。「僕たちのバンドじゃあ、もったいないよ」と、ポテトが言いました。「いや、もう何年も弾いていないからね」と、小太郎が言いました。「僕が、君たちと一緒にやりたいと思ったのは、実は先日のライブで聴いたマロンのドラムなんだ」と、小太郎が話を続けました。「えっ、何で?クッキーのギターじゃないの?」と、マロンが首を小さく傾けました。
「いいかい。最近の演奏では、電気的にリズムを刻むものがあるだろう?僕は、あれが嫌いなんだ」と、小太郎は言いました。「だって、あれって僕のドラムなんかより、ずっと正確だよ」と、マロンが言いました。「うん。確かに正確という点では、その通り。だけど、時間的に正確でも、そんな正確さって必要ないよね。俺たちは、犬なんだし、人間だって同じだけど、リズム・ボックスみたいに正確なリズムで生きているやつなんて、どこを探したっていないんだぜ。それより、多少は不正確でも、味のあるマロンのドラムが気に入ったっていうわけさ。ギターだってベースだって同じ。俺たちは機械じゃあないんだから」と、小太郎が言いました。「僕もそう思う」と、クッキーが言いました。「音楽のリズムって、僕たちが生きているリズムなんじゃあないかなって思っていたんだ。だから感動できるし、共感できるし…」。「なるほどね」と、キャンディーが言いました。
「さあ、もう一曲やろうぜ」と、小太郎が言いました。『アパッチ』と『パイプライン』が立て続けに演奏されました。「やっぱり、ライブはいいよね」と、小太郎が話し始めました。「この間のライブの時、マロンが曲の途中でドラムを止めたよね?あれは、どうして?」と、小太郎が聞きました。「あ、あれは、みんなの歓声が嬉しくて、つい叩くのを忘れちゃって…」と、マロンが恥ずかしそうに言いました。「それで、いいんだよ。ライブって、そういうものじゃあないかな?聴いてくれる人との一体感、反応が演奏に現れる。だから、毎回毎回、演奏が変わってくるんだと思うんだ。今度のライブはいつ?」と、小太郎が聞きました。「23日に駅前のサンクン・ガーデン」と、キャンディーが言いました。「よし、じゃあ『The Ventures』のナンバーをやろう」と、クッキーが言いました。
ガレージの外では、隠れファンの北風市長が、テケテケテケテケとこっそり中の様子を覗いていました。「でも、雨が降ったら中止なんだって」と、ポテトが言いました。「そうなんだよね。北風市長、なんとかしてくれないかな?」と、マロンがトムトムトムとドラムを叩きました。北風市長はドキっとして、ガレージにあった塗料の缶をガラーンと蹴飛ばしました。「あっ、北風市長だ!」と、ポテトが言いました。「北風市長、お願いしまーす」と、クッキーが頭を下げました。憧れのモズライトが、ギャイーンと唸りました。
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